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広島高等裁判所 昭和25年(う)485号 判決

被告人

荒瀬久男

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄し、被告人に対する本件被告事件を山口地方裁判所に差戻す。

理由

弁護人末国雅人の控訴趣意論旨第一点について。

原判決が被告人が山口刑務所船木支所雑居房第一房に勾留中岡田栄一、金浩仁と共謀し、看守岡田定儀外一名に暴行を加えて其の居房を脱出して逃走しと判示し、之に対し刑法第九十八条を適用して居ることは所論の通りである。而して逃走の罪に所謂逃走とは所論の如く拘禁監督者の監督支配の範囲を離脱することを云ふものと解すべく、従て其の居房から脱出しても、未だ其の刑務所の構内から脱出しない間は逃走の既遂と云ふことを得ないと共に、更に其の刑務所の構内から脱出しても、直ちに追跡逮捕せられた場合にも、亦逃走の既遂と云うことを得ないものと解すべきである。蓋し孰れの場合も、未だ拘禁監督者の監督支配の範囲を離脱したものと云うことを得ないからである。然るに原判決は、被告人が単に其の居房から脱出したと判示し、之に対し加重逃走の既遂を処罰する規定である刑法第九十八条を適用処断して居るのであるから、原判決は、法令の適用を誤つたか、理由にくいちがいがあるかの違法があるものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

(弁護人末国雅人の控訴趣意)

第一点 原判決は逃走罪とならぬものを逃走罪と認定しているから破棄せらるべきものと信ずる。

即ち原判決は第六に於て被告人は第一記載の窃盗罪により岡田栄一、金浩仁と共に山口刑務所船木拘置支所雑居房第一房に勾留せられていたものであるが共謀の上昭和二十五年一月一日午後五時二十分頃同支所看守岡田定儀外一名が右居房の扉を開き備付けの薬罐に熱湯を移し終るや右熱湯入の薬罐を岡田の顔面に投げつけ因つて同人に対し全治一週間を要する傷害を与へた上同居房を脱出し以て逃走しと判示し被告人を加重逃走罪に問擬した。然し被告人が獄外に逃れた事実は原判決の証拠に引用せられた実況見分書(記録第一一六号)岡田定儀、脇野良三の検察事務官に対する供述調書(記録第一二〇号及一二二丁)によるも認定出来ない。

被告人が逃走罪の主体となる事は疑ないが原判決は逃走の意義を誤解しておられる、即ち逃走とは当該監督者の実力支配を脱することを云ふのである、実力の支配は監獄内と監獄外とにより異る監獄内に二重の支配あり一は物二は人である、前者は即ち監獄の外囲にして後者は監獄吏員である、監獄外は単に護送者の実力支配を脱するにあり、故に監獄内に於ける囚人の逃走行為は単に獄吏の支配を脱し監獄内に姿を晦ましたのみでは既遂とはならず更に進んで獄外に逃げ去らねばならぬ又獄外に出たのみでは未だ十分でなく更に追跡者の実力支配より脱しなければならぬ、単に居房を脱出したのみでは逃走罪は成立しないのに被告人を加重逃走罪に問擬されば原判決は罪とならぬ事実を有罪とした違法あり破棄せらるべきものと信ずる。

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